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ミャンマー国内でデモ、そして制圧

前置き
本当はこの話を書くためにこのカテゴリを作ったわけではないのです。
もう少し、ミャンマーについて平和でノンキな話を書くつもりでした。
ただ、ホットニュースを優先させることにしました。


*****


F1000257.jpg


写真は、ミャンマー大使館前でのデモの様子。
大勢の人がプラカードや横断幕を手に、列をなしたままたたずんでいます。

F1000256.jpg


同じく抗議デモにおいて、シュプレヒコール。

私はサルとこの様子を見ていたのですが、その間、
ミャンマーで軍がデモ隊に対して銃発砲、僧侶一人が死亡したという噂が入りました。
ミャンマーにおいて噂とは、ニュースのような正確さと早さを持ち合わせます。
スーレーパゴタという、(前首都であり最大都市であるヤンゴン中心部の、シンボル的寺院)にて軍が発砲。
流血の惨事。
噂をきいたミャンマー人は涙を流していました。

そして、帰宅してから、ヤンゴンのシュエダゴンパゴタにおいて、軍が催涙弾や警棒を使ったとのニュースを耳にしました。

ところでスーレーパゴタとは、先述したとおり、ヤンゴン中心部にあるシンボル的なお寺であり、その中で参拝ができる巨大な仏塔です。
サルスケにきくと、日本で言うなら東京タワーのようなものだとか。
そ、そうかなぁ? まぁ 例えられるようなものは他にないけど。

一方、シュエダゴンパゴタは、スーレーパゴタよりは中心地から少し離れており、もっとずっと敷地が広いものです。
ミャンマーを旅するならここに行け!というぐらい、ヤンゴン、いやミャンマーでも有名で代表的な場所です。
そして国民の間でも心のよりどころといえる、神聖で、静かながら大勢の人たちが訪れる場所なのです。



私はしょせん日本人で、ミャンマー人から見れば外国人で。
しかし向こうには私も友達や元生徒、そして友達の婚約者がいます。
サルいわくこの波を逃したら向こう2、30年は民主化のタイミングが訪れまいとのこと。
しかしどうかかの国の人たちには無事でいてほしかった。



そして、さる1988年には学生さんたちが主に抗議行動をして、やはり流血の弾圧をうけました。いわゆる、「銃の水平発砲」「当たるように撃つ」です。

そのころ、日本を初めとして各国に逃れたビルマ難民たちも、当時は20代前半の若き青年だったのですが、今ではやはりいい年になっており、結婚したり子どもをもうけた人もいます。
で、もしさらに2,30年も待つとなると、6,70歳となるわけでして…。


それから、ふと思い出したのですが、日本語の個人レッスンの元生徒さんの中に、1988年ごろ日本に逃れてきた人がいたのです。
彼は当時、目の前で友達が銃で撃たれて死んだとのことでした。

その話をしてくれたときの彼の顔は、…非常に…せいいっぱいの笑顔でした。

「微笑みの国ミャンマー」の人の特徴?として、悲しくつらい話をするときでも、無理に笑顔を作ろうとするのです。
その話が、より辛ければつらいほど、引きつっているような笑顔を、無理にせいいっぱい作って見せるのです。
私は過去にそうした顔を3度ほど見たことがありますが、そのうち一つがその彼の「笑顔」でした。

もうこのことで、こういう笑顔を作ってもらうことがない様に祈ります。
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ミャンマーミャンマー連邦(―れんぽう)、通称ミャンマーは、アジアの国家|国。首都はヤンゴン。東南アジアのインドシナ半島に位置し、国境を中華人民共和国|中国、ラオス、タイ王国|タイ、バングラデシュ、インドと接する。ミャンマー連邦 (ミャンマーの国旗|詳細) (...
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