イイ男と素敵な男性

先日、オフィスビルのエレベーターの中で会社の人とばったり。
相手は40歳代の男性だが、互いに顔を見て笑顔で会釈した。
ところがこの方とは、一度話をして何度か顔を見かけたことがあるだけで、名前が思い出せない。
が、確か他部署にいる同僚の新しいボスだと思い、
「あの、えっとたしかOさんの…」というと、相手は「えっ?」と驚いている。

そう、思いっきり、間違えたのでした。
実は、最近私の仕事でかかわるようになった方だったのでした。

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「社会人」

一般的には、会社勤めをしたり、とにかく働いている人を社会人というようです。

でも、見方を変えて、社会(コミュニティ)に在って生活する人もみな、社会人とはいえないだろうか?

老いも若きも。
大人も子どもも。
外で働いている人も引きこもりさんも、仕事をもたない人も。


「人は一人では生きていけない」なんていうけれど。

みんな、「社会」人。
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「将来の夢」

最近また自分の将来について考えるようになった。


…と書き出してはたと気づく。
この年齢になって「将来」といっていいものなのだろうか…
「将来」というのは、子どもか青年が用いるものではないだろうか?
未だに「将来」といって今後の人生を思うとは、無計画、不安定な証拠ではないだろうか。

と、また少し自己嫌悪に陥っていたところ、TVのトーク番組「オーラの泉」でゲストに「あなたの将来の夢は何ですか」と尋ねていた。ゲストは演歌歌手の山本譲二さんである。

ああ、山本さんのような、人生の中盤に達した人に対しても「これからいよいよ」という意味で使えるものなのだな、と知る。
辞書をみても、「〜に備える」「〜きっと後悔するだろう」といった例文もあり、単に「以降」「今後」という意味でも使えるようである。

私は「将来」という言葉に「今はまだ成っていないが、これから物事を成就させる」というニュアンスがあるものと思っていた。
だからこそ「この年で将来、だなんて…」と気後れしていたのだが。

心理学の一分野においては、人間の発達、成長は幼児期だけではなく、成熟しても、老いても続く。死ぬまで続く。
してみれば人生70年、80年。
来し方10年を振り返ってみても、なんとも長く思えるのだから、大いに自信をもって将来の夢を語ろう。
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私たちが忘れてしまったもの

よく「私たち現代の日本人が忘れてしまったもの」云々ということがあるが、忘れたのではなく、そもそも「知らない」のではないか?

大人や老人はともかく…

若者は、子どもは。
そしてそのまま年をとっていった大人たちは。



誰だって、教え伝えられなければ、知らないのだ。
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「咲き誇る」

雨の植物園、ほとんど誰もいない。

午後の明るさすら消えるほどの
どんよりとした中、
雨音だけが当たり前のように騒ぎ続け、
天も空も植物たちも、
人間も無言である。

入り口からおそるおそる、
通路をただ歩く。

ボランティアが世話をしている植物園は、
野の花が程よく手入れされ、放置され、
それが草木たちにも快いらしい。

その証拠に、このあたりは草のにおいがむんとする。

順路も分からず、園内の道をとぼとぼ。

途中、道まで小枝を次々に伸ばして通せんぼするものがいた。
仕方なく進路を変える。

周りが陰気なだけに、水飾りいっぱいの蜘蛛の巣もゆかしい。

するといきなり私の目を鮮やかにいたものたちが現れた。


見て

 みて

わたしを見て


大きな花を冠した一輪咲きのバラたちだった。

彼らだけが、雨の日も休園を返上している。

堂々たるものたち。
気高いものたち。

「咲き誇る」という言葉があるが、
昔の人も、彼らと同じようなものたちを見たのか。
うまいことをいったものだと思った。
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