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類を見ない

【類を見ない】
…↑って、なんて読みますか。


きのう、イ・サンをみていたら、
イ・サンが反逆を企てた重臣たちに向かって
啖呵じゃないけど怒りのセリフを吐くシーンが。

その中で、

「たぐいを見ぬ」

……って、今、言った?ねえ、言った???世孫さま!?


思わず、私が間違えて覚えたのかと思っちゃったよ。
後で調べたら、やっぱり
「類(たぐい)まれなる」
「類(るい)を見ない」
でした…

去年はBSで放送されてたのにね。
こういうのって修正しないの?

何も、声優さんが間違えたのどうのは、いいんですよ。
覚え間違いなんか誰にでもあることだし。

気になるのは、
修正をしようとしなかったのかとか、
誰も気づかなかったのかとか(まさか!?)
やり直しや修正が利かなかったのかとか。
そういうことが気になる。


近頃の日本のドラマの類(たぐい…わざと使ったんじゃないよ)と比べると、ずーっと、
外国ドラマの吹き替え版は、日本語が正確で美しくて聞き取り易いなあ、
と思って結構そういう点で好きなのだがなあ…
ちょっと残念…

こういうのって番組サイトに投書するべきかね…もう遅いか。

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テーマ : ことば - ジャンル : 学問・文化・芸術

トラックバックテーマ 第1039回「夕食は何時に食べますか?」

こんにちは!トラックバックテーマ担当の水谷です!今日のテーマは「夕食は何時に食べますか?」です。みなさん、夕食は何時に食べることが多いですか?水谷は、結構、夜遅くて、22時から23時くらいに食べます。本当は、19時に食べたいのですがなかなか、早めに食事を取ることは少ないです。あんまり遅く・..
トラックバックテーマ 第1039回「夕食は何時に食べますか?」



「夕食」は「食べ」ないな。
「とり」ますけど。

別にこれを見たのってココが初めてじゃないんだけどね。どうしても気になります。
「一番サイコー」とかいうのと同じような誤用なんだけど…
重箱の隅をつつくわけではないのだけど、たまたま目にしましたのでね。
(と、改めてよく見たら「食事を取る」って書いてあるな。)

私だって完璧な文章が書けるわけではない。
けど、みんな、それでズルズルいっちゃっていいのかな…
私がいつも気になるのは誤用ではなくて、その背景と流れなんだ。

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熱い夏

今日、ちょっと用事があって昼間(12~13時)会社の外に出た。

会社のビルから馬喰横山駅までは屋内で冷房がおおむね聞いている。
馬喰横山駅から数分のところを往復したのだが、そこがまた…


職場では、ときには肌寒いくらいの涼しい環境なので、猛暑は実際ひとごとだ。
夜になって人から「今日は暑かったね」と言われても「へえ、そうだったの?」というほどである。
とはいえこの三連休自宅でほとんどをすごし、なるべくエアコンをつけないように心がけ、室温約30度。
それでももちろん日陰のこともあり、ほとんど平気ですごせていたので、ニュースで、熱中症で人が倒れたなんていっても、それほど実感できない。


ところが!
この昼、馬喰町のオフィス街を数分歩いただけで、もわっ、てかっ という容赦ない熱が襲ってくる。
ここ数日の猛暑では体温36度を越えるというけどさもありなん。

しかし、私が引っかかっているのは気温のことではない。
昔ミャンマーに行ったときは、こんなもんじゃない、暑さのレベルが違った。
太陽のパワーが違う。さんさんと照りつける光の量が、まるで違う。肌を焼く。
サルさんの出身地など、ごく当たり前のように体温をこえ、お茶やジュースを何倍飲んでも昼間トイレに行かないですんでいた。
しかし、どんなにミャンマーの夏季がきつくても、この東京の夏のような不快さはともなっていなかった。

仕組みは簡単、まずはアスファルトの反射熱だ。
太陽からのパワーはミャンマーと比べればたいしたことない。ヤンゴンなど、アスファルトが熱で溶けていた。それはもちろん質の問題もあるだろうけど、それだけミャンマーは日差しが強烈なのである。
それに比べれば東京の太陽パワーはまだやわらかいはずだ。

しかしこの東京の暑さは、アスファルトの照り返しからくるおかしな熱気。
…この暑さは…なんというか、暑い、のではなく熱い、のだ。

いまアツイアツイと我々が言っているのは、夏の「暑さ」ではなくコンクリ箱の「熱さ」なのである。


ニュースではさかんに「猛暑」といっているけれど、「異常気象」という言葉をまだ耳にしないことを、わたしは不思議に思っている。

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「さらし首」

電車の中吊り広告、白黒赤の色が派手に踊っている雑誌の広告に、時の人の顔がいくつもちりばめられている。
と、可憐な少女(といってもハタチ前後?)の顔が。
その顔の上を見ると、残虐な殺人事件の大見出し。

一瞬、
「えーっ、こんなかわいい子がこんなひどい事件をおこしちゃうわけぇ?」
と反射的に思ったが、落ち着いてよく見れば、その少女は被害者。

その事件はずいぶん話題になったものだが、確か加害者はその時点では見つかっていなかったか、未成年だったか、忘れてしまった。とにかく、犯人の顔写真は載っていなかった。


昔、日本では「さらし首」なんていう罰があった。「町内引き回し」というのも。
いずれも、そのこと自体が犯人への罰だったかもしれないが、悪行を行った者を、「悪い事をするとこうなる」などと公衆に見せしめる目的もあったのかもしれない。

そんなことを思ったら、この被害者の少女の写真を改めて見て、悲しくなってしまった。
ひどい殺され方をして、なぜ、顔写真まで広められなければならないのだろうか。

いつからこうなってしまったのだろう?
気がつけば、こうした事件において、加害者についてはベールが覆われ、かわりに、被害者の、顔写真どころか生い立ちから私生活から交友関係まで、何から何まで世間にさらされているのには驚かされる。
さらされた被害者は、昔の町内引き回しさながらに、同情や哀れみなんてものだけじゃない、ゴシップや狂気といった石つぶてをなんどもなんども投げられる。なんどもなんども傷つき、犯され、殺される。


現代の「さらし首」とは、被害者を、なのか?
(07.5.25)



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「ルビーの眼」

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オトナ あるいは 世知に長けている

旧友たちが、共通の友人について話していた事がある。
その友人を仮にAとしよう、旧友たちが言うに、
「Aはまだ若いのに(当時大学生だった)、話しているとまるで同世代(30代前半)のように感じられる」
とのこと。
何でも、世間のうちの色々な知識を持っていて、ずいぶん大人びたものの見方をし、世慣れた口をきくのだそうだ。

しかし、私はAとは旧友たちの話を聞くほか、ほんの少ししか話した事がなかったが、そんな印象は受けなかった。
やんちゃで元気で明るい子だとは思ったが、実際会ってみればまともな挨拶もできず、とてもじゃないが、大人…つまり成熟した人という意味で…という印象は受けなかった。
私は、彼をそこまで判断をするほど話し込んでいなかったからわからないのだろうか、と思っていたのだが、少なくとも、それを言うなら「大人」ではなく「世知に長けている」というのではないかと思った。

その何年かのち、Aは、学業も家庭生活も自堕落に放棄し仕事もせず、周りを騒がせ迷惑をかけ、知人をだまし妻を傷つけ、友人からも呆れられたと聞いた。
今では私はもちろん私の旧友たちとも音信不通である。
既に「大人」の年齢になっているはずの彼が、今頃どこをどうさまよっているのか、知らない。
(07,3,23)

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