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カンボジア人が喜ぶお土産

最近、カンボジア人の趣味仲間が短期滞在で日本にきている。

帰国も近いので何が土産でもお持たせしようかと思って欲しいものをきいてみたけど、遠慮しているのか答えない。

じゃあお母さんか妹さんには?
ときいてみたら、「ケーキ。ケーキだったらなんでもいい」
…ってあーた、帰国は一週間あとだっつのに
このあとすぐにお呼ばれに行くんじゃないんだから、いま買っても腐るっつーの。

仕方ないので日持ちのするミニ和菓子の詰め合わせと、柿の種を購入した。
他にも選択肢は沢山あるだろうけど、結局こうした。

しかし、ミャンマー人が喜ぶお土産ならすぐわかるんだけど…
カンボジア…。
カンボジアの現状をほとんど知らないので、見当がつきませんでした。

なお、柿の種を購入したのは、
「カンボジア人が喜ぶお土産」というのでネット検索して出てきた中にあったからであるよ。

本当に喜ばれるんだろうか?
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懐かしの街 再訪

ある街に、用事があって、久しぶりに訪れることになった。
昔その街には習い事で半年余り通っていたことがあったのだけど、そのときから約二十年ぶり。
当時の記憶はおぼろげで、街や通りの雰囲気、2,3のお店をかすかに覚えているだけで、先生のお宅への道のりもほとんど忘れてしまった。
それでも、再訪を楽しみにしていた。

さて、電車がその駅にすべりこんで、ホームに降り立った瞬間から、
「ここはどこの駅ですか?」
と自問してしまう、浦島太郎状態に!
そこから改札を抜け、長い階段を降り駅の南口に出るまでも以前とは全く違っていて。
さらに駅前のロータリーも、記憶になかったとはいえ…こんなだったっけ?ここはどこの街ですか?
201503-2

ま、まずは何度も通った先生のお宅の方まで歩いて行こう。
駅前には進学塾がやたらと多い気がする。なるほど、ここで地元の大学の学生さんが大勢バイトしているのだろうね。
と、高架線沿いの道を少し歩いたが、これじゃない!道を間違えた。もう1本隣の道だった…
道まで忘れてる。

201503-3

いつもこの道を通って先生のお宅まで通ったのだった。でも、覚えているのは途中にあった貸本屋だけ。
「貸本屋なんて珍しい、初めて見るなぁ」いつか行ってみようと思いつつ、結局行かずじまいだった。あの店は今もあるだろうか?
キョロキョロしながら道をゆき、また道を間違えてるんじゃ…と不安になったころ、心当たりの場所に、あった。
…貸本屋の隣にあった古本屋が。

201503-1

中に入ると、店主の女性が出てきて、BGMのクラシックをかけてくれた。
約二十年ぶりにこの街に来たのだと話しかけてきいてみると、古本屋はずっと前にたたんでしまったという。
さすがにこの年月では無理もないよね。
また、駅舎のシンボルだった三角屋根も壊してしまったのでいま再建しているのだとか。
え、あの三角屋根が?さっき駅をでた時は気づかなかったけど、そういえば駅前は工事していたな。

何冊か本を買って店を出て、さらに通りが終わるまで歩いて行った。
うん、終わるところまで歩いて行って、そこから「どこかの角」を曲がって先生のお宅にいったのだけど…
どこで曲がったのか、すっかり忘れている…

先生とも、ずっとご無沙汰していて、いきなりご挨拶するのもどうかと思われたので、適当に「ここかな?」と思える道を曲がり、駅前通の方に向かってずんずん進んでいった。

まったく静かな住宅街だ。
その家の人達とお客さんたちが家の前で挨拶を交わしていたり、どこからかお線香の匂いがしてくるのも、このあたりの雰囲気を表しているようで、歩いていてこちらの心まで落ち着いてくる。
201503-4

そのまま駅前通りに到達する前に、地元の大学の裏手に突き当たったので、そのまま裏手に沿って通りに出ることにした。
大学の敷地内では、運動部の学生さんたちが練習に励んでいる。
土曜日の午後だというのにようやるわねーと思ってしまうのがトシとった証拠だな。
「関係者以外立入禁止」とある勝手口から、自転車をひいた老夫婦が中に入っていった。
用務員のような方かしら?と思ってなおも進み、敷地の角を曲がったところで、少し先にあった裏門からその夫婦が出てくるのをみた。大学に用事があったのではなく、地元住民のただの近道だった。

そして駅前大通りにでた。
201503-7

201503-6

…うーん、こんなだったかな?覚えていない。もしかしたら、大幅に整備されたのかもしれない。
広くてゆったりしているばかりでなく、何とはいえないのだけど、しゃれた雰囲気があるな。
実は、以前はこの通りはほとんど通ったことがなく、駅と先生宅の往復ばかりしていたのだ。
ただ一度だけ、この通りをはじめから終わりまで歩いてみたことがあって、大学前を通ったのはその一度きりだった。
今思うともったいないな、大学の文化祭なんかがあったら行っておけばよかったのにな。
でも、大学近くにあるモスバーガーに何度か行った…かな、ということは覚えている。

わーい、今も健在だ!!
201503-5

…と思っていたら、中に入ってビックリ。
記憶の中にあった店内とは全く違っていた。もっとせせこましく、半分くらいの狭さだったような気がしていた。
それでもデザートセットを頼み、店員の女性に話しかけてみた。
けれどさすがに、二十年前のことはわからないという。店長クラスだって数年で変わるだろうに、わからなくて当然ですよね…
そしたらその店員さんのそばに立っていた、学生風の男の店員さんが、私が二十年ぶりにこの街を訪れたのだと聞いて驚いていたのに気づいた。
でも、当然だよね、もしかしたら彼はまだ生まれていなかったかもしれないんだもん、二十年ぶりなんていったら想像つかないだろうな。

さて、もう一つのお目当ては地元の老舗のお菓子屋さんである。
ここは地元由来のオリジナルチョコが有名なのだよ。
以前はオカネがなくてここのお菓子を買うのに躊躇したものだけど、今度は自分用と、友人への手土産を購入。
201503-10

ふと、レジ脇のショーケースの中に「駅の三角屋根」という名前のお菓子を見つけた。
さっき古本屋さんが話していたものだね。
そこまで愛されているんなら、こういうものは復旧した方がいいよ、駅舎の三角屋根…。
201503-9

そこから駅前まで戻って、今度は初めて通る道をゆき、友人が出展しているグループ展に行った。
会場のギャラリーは新しくできたらしいのだけど、そのビルの1階には和装店の、そめの近江さんが入っていた。この店は着物の丸洗いが安くて重宝してますよ。

*****

それからやっと帰宅し、コーヒーを入れて買ってきたお菓子を開けた。
この箱も好きだなー。
201503-8

「これしきの量、秒で完食じゃあ!!」と思っていたけど…
食感がさっくりしていて甘さもしつこくないのに、なんなのこの重厚感。
さすが「石畳」の名に違わぬ…
なのでまるっと平らげることはせず、何日かかけてお茶とともに少しずついただきました。


習い事に通っていた当時はつらい時期だったけど、習い事自体はいい思い出で。
さらにこの街にしばらくでも通えたことも、懐かしく大事な記憶なのだった。

懐かしい街と

明日、お稽古事でしばらく通っていたことのある街に、約二十年ぶりに行くことにした。
絵仲間がグループ展をするのだとDMをくれたのだ。

二十年!
街はどんなに変わっているんだろう?
歩いた道、見かけた店、そして当時の心象風景や出来事、お稽古や先生のことなどが思ひ出ぽろぽろですよ。

そんなわけで、グループ展のついでに、当時歩いた道などを散策などすることにした。
先生とはすっかり音信不通になってしまって連絡も取っていないのだけど、いかがお過ごしだろうか。
かわらずあのお宅におすまいだろうか。
私のことは憶えていらっしゃらないだろうから、お宅の前をちょこっと通り過ぎれば十分かな?
なんて思いながら地図で探してみたが、どうにも駅からの道のりが思い出せない。
住所も今すぐにはわからない…
途中でよく見かけたお店なども、ごくおぼろげにしか思い出せない!
過去のこと、というより、すっかり昔のことになってしまってるな。

それでもダメ元でネット検索してみたら、先生がブログを書いているのを発見!
しかも毎日、1日一回以上更新してる!筆まめで、しかも面白い!
先生の明るい優しい、かわいいお人柄が思い出されて…
それで、再会したような気になって。

当時辛かったことも思い出したけれど、
先生やだんなさま、そしてその他の年長のかたがたに
優しくいたわってもらっていたんだなぁ…と気づいて…
……。
そう思い始めたら、どうしようもなく泣けて涙が出てきた。

もし明日、散策中にバッタリお会いできたらうれしいな…。


ふと、冷静になってDMを見返したら
グループ展はまだ先、来週であったよ。

明日に向かってヒートアップしていたテンションがちょっと落ち着きました…ははは。

まあいいや、楽しみが持てる日が数日増えたわ!っと。

美術展などのカタログ

引き出しに放り込んだままのものをちょっと片付けてみた。

友人といったものや面白かった展示など、当時の記憶がよみがえる。

結局半分も捨てられなかったな。

どうせ死ぬんだから、

誤解があったおそれがあるので加筆修正しました、、(8月16日)

*****

本日は終戦記念日、平日休み、というわけで
久しぶりに「徹子の部屋」を見ました。
ゲストは三遊亭圓歌師匠。

内容は主に戦争当時の話だったのですが、
氏が「こんなこといっちゃっていいのかな…」といった話。
それ以外にも「こんなこといっちゃいけないんだけど」と
ところどころ気を使いながらお話されており、
言いあぐねる話とは何かと言ったら、

当時16歳かそこらで、学徒動員として駅員として働いていた師匠。
ある日、空襲のさなか、防空壕にいた
女子挺身隊の一人がいまして。

そしたらのその挺身隊のお姉さんが、
「どうせ 死んじゃうんだから、、」
と言いまして。

このときというのは、16歳で駅員業務をしていたということは、もうちょっと年上の男性は
兵隊にとられていて居ませんでした。
そうするとその兵隊さんと同じ年ごろの女子挺身隊になっているような人たちは
お嫁にいく機会もそうですが、まず相手もいない、そんな背景があったので。

その時、その場には二人きりで。
そうしてそのお姉さんによばれて、応えた、そうです。

「その人にとっていいことだったのかな…」
なんて徹子さんと二人語っていましたけどもね。

私は、こういうことって、ほんとうに良かったかどうかは
少なくとも本人が死ぬときまでわからないものだと思いますが、
そのときはそれでよかったんじゃないだろうか…と思いました。
他人にはわからないですよね。


その話を聞いて、他のエピソードを思い出しました。
比嘉慂さんというマンガ家さんの描いた話なのですが。
比嘉さんは沖縄の話、とくに戦争ものを多く描いている人です。

 ずいぶん前に読んだ話なので忘れましたが(細部が間違っていたら失礼)
 沖縄本土決戦で、戦闘状況も危ういとき、主人公か誰かが、山へ妹を探しに行くんです。
 すると、洞窟の中で、妹やほかの娘たちが
 日本人兵士にさんざん慰みものにされた後らしく、泣きながら横たわっている。
 その兵士は(本土のものだったような)
 「どうせ死ぬんだ、、、」というようなことをいって
 うすら笑いを浮かべながらうつろな目をして座り込んでいた。

そんなシーンでした。

おなじ「どうせ死ぬんだから、、、」といって
どれだけの違いがあることか。



(上記のエピソードはこの本の中にあるかも↓)

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